地域担当者(IEC)になろう

地域担当者(IEC)の体験談

福岡・地域担当者 / 藤吉佳美さんの体験談

 

先日の事、ニュージーランド クライストチャーチ大地震のニュースを目にした私は、ニュージーランド人の知人ネイザンの事がすぐ頭に浮かんだ。

いつぞやスカイプでお目にかかった?絵図によると彼は今、スコットランドに居ると思われるのでことさら騒ぎ立てる必要はないが、彼の本国に住むファミリーのことは心配だ。近いうちに様子を伺ってみねばなるまいと思っている。

さてこの彼ネイザンとはもうかれこれ十数年の付き合いで、始まりは我が家の息子15才、娘が10才のとき、市内にある高校に留学するため、彼がうちにやって来た時からだ。

滞在中のあれこれや喜怒哀楽についてはこれを読んでおられるホストファミリーの皆様には推して知るべし…わざわざページをさいて述べるまでもない。(本当にご苦労様です)…

 

ここで私がお知らせしたいのはネイザンが無事留学を終え帰国してから今日までのいろいろな出来事についてである。11ヶ月間の滞在を終え、涙、涙の帰国から2年たって彼は再度来日した。今度は京都の大学で1年間勉強するためだという。その留学中もネイザンは「ただいま~、おばあちゃん変わりない?」と同居の義母に声をかけながら何度もこちらへ帰省した。

 

それについても、(京都では、他の留学生と一緒に留学生会館とやらに住んでいたようだが)「ちょっと九州の家族に会いに行ってくると言うと仲間から『ネイザンには日本の田舎に家族が居てうらやましいな』と言われるよ」笑っていたものだ。

またそのころには息子も高校生になっていて、京都の大学も受験の視野に入れていたので、夏休みに下見のためネイザンの留学生会館に泊めてもらい、京都を彼に案内してもらったりもした。息子にとって彼とはいっときではあるが、同じ釜のメシを食べた家族も同様、いや逆に「おにいちゃん」でしかないようで、留学生会館にて彼に全てをお世話になることに対して恐縮や遠慮など感じている風もなく、当のネイザンは「なんでオレが日本人を京都案内するんだよ?」と嬉しそうに笑っていた。

 

それからも ネイザンと我が家の交流は続き、彼が本国出先機関のスタッフとして東京に3、4年滞在したときにも我が家の一族誰彼となく上京しアパートにお世話になった。その後ニュージーランドに戻ってからも娘が長期休暇に彼の家に滞在したのは言うまでもなく、またこんなこともある。

私の知人の息子が登校拒否で悩んでいるとき、ふと思い付いて「ならばネイザンのお母さんに頼めるからニュージーランドの高校に留学してみたら」と勧めたのがきっかけになり、その男の子は今ではネイザンの母が住む街で元気に高校生活を送り、そこで高校を卒業するつもりだという。彼がきっかけになり、子どもたちがニュージーランドに留学した、あるいは長く滞在させてもらったというケースをあげているときりがないのでこれで省くが。

 

しかし16、7の留学生を長く滞在させるというのは本当に大変な事だ。なんでこんなこと続けているんだろうと自問自答の繰り返し。ばからしい!と思ったこともある。

しかしただこの活動を続けていて一つだけ言えることは「留学生との関わりはその子が帰国してからが始まりだ」という事だ。

お世話している期間というのはむしろその助走期間でしかないのでは?と思えてくる。家族で国際交流を目指しているのならなおさらのこと。

しかし、その成果は残念ながら1年や2年では全然見えてこなくて…。そこで受け入れ側の私達としては 虚しい気持ちに陥ることもあるし、一生懸命お世話したのに全くなしのつぶてだ、と恨み言のひとつも言いたくなるものだ。

実は私もここ数年 ドライで扱いにくい留学生が増えたように思えて(なんと送り出す側の保護者までそのような傾向にあるのである!)なんとなく「恨み言…云々」の方に傾倒しつつあったのだが…

それを覆すような出来事が ネイザンと私たちの間に起こった。かなりの日本通として順風満帆進んでいるようなネイザンだったのだが、リーマンショックの折り、ご多聞にもれず彼は職を失ったのだ。

そしてその秋を過ぎてのお正月、ネイザンが何を思ったか、この田舎に数年ぶり家族に会いにやって来た。しかもこの辺の知人の誰にも知らせずにだ。

ただただ我が家の年寄り夫婦(義父さん義母さんすみません)と炬燵に丸まり、じっと自分の人生あれこれを考えながら10日間ほど滞在し帰っていった。

その時の彼いわく「自分の独り立の第一歩は日本のこの家からだ、僕の社会人としてのスタート地点はここ。一度僕はここに戻らなければならない。」と…

 

留学生をお世話してくださっている皆さん!皆さんは その彼らの 人生の大切な基盤となる地点に一緒に立っておられるのです。

目に見える見返りや成果が今はなくても それは長い時間がたって必ず見えてくるものです。移り変わりばかりが早い世の中、また結果や損得だけをすぐに求めてしまう人が多い中 留学生のお世話をしようとしている私たちだけでもせめて、昔の山林地帯に住んでいた人々のように「下流に住む人々や魚のため、その10年後のために今木を植えた」人々であろうではありませんか。

私たちは この活動を通してきっと日々何かを得ていますよ!ありがとう!